
昭和62年、2月26日朝、神奈川県藤沢市のアパートで、無惨に切り刻まれた死体が発見され、その死体の傍らにいた2人の男女が逮捕された。逮捕されたのは、その部屋の住人で、不動産業のS(当時39歳)と主婦のM子(当時27歳)であった。無惨な姿で殺害されていたのはM子の夫で、横浜を中心に活躍するコミックロックバンド「スピッツ・ア・ロコ」のリーダーで茂木政弘さん(32歳)と分かった。政弘さんのパートはドラムで、容貌がマイケル・ジャクソンに似ていることから「和製マイケル」と呼ばれ、殺害される1ヶ月前には神奈川テレビに出演も果たした人気バンドマンだった。

殺された政弘さんとSは従兄弟同士で、子供の頃から仲が良く、政弘さんはSを「兄貴」と呼んで慕う程だった。音楽だけが生き甲斐の政弘さんと、詐欺まがいの商売でトラブル続きだったSが、どういうわけで気が合ったのかは不思議だが、2人は互いの家を頻繁に行き来し合う仲であった。昭和61年4月、政弘さんは鎌倉の総合病院に勤務する看護士のM子と結婚するが、政弘さんとSとの密な付き合いはその後も変わる事はなかった「世界は滅亡するだろう」

政弘さんとM子との結婚生活も半年を過ぎた頃、いつものようにフラッと二人の新居に現れ、「この世は悪魔でいっぱいだ。やがて核戦争が起きて世界は滅亡するだろう。」そう二人に熱心に説き始めた。はじめは怪訝な様子で聞いていた二人も、Sの「悪魔を祓い、救世の曲を作れるのは政弘しかいない…。」という言葉が心に引っかかり、次第に熱狂的に信じ込む様になってしまった。

昭和62年2月15日(政弘さんの遺体発見の11日前)Sは政弘さんに「俺の部屋で救世の曲を作れ」と言われ、藤沢にあるSのアパートにM子を連れ立って向かった。3人の様子が尋常ではないことに気付いたM子の両親や政弘さんのバンド仲間が連れ戻しにやってきても彼らは耳を貸さず「この世を悪魔から救わなくちゃ…」とうつろな瞳でつぶやくだけの、廃人状態となってしまった。

「ぼくに悪魔が取り憑いた!」政弘さんがそう発狂し出したのはSのアパートにこもり始めて5日が経った頃。「悪魔を追い払うため」としてSとM子は3本のろうそくに火をつけた「祭壇」の前で政弘さんの体に塩をすり込む等の「悪魔祓い」の儀の最中、ジッとSの目をみつめる政弘さんの様子を見たSは「悪魔が抜けきっていない」と判断し、ついには「肉体が死ななければ悪魔も死なない」として、政弘の殺害を決意した。M子はSのその言葉を信じて疑わず、最愛の夫である政弘さんの首を絞める手伝いをしたという。グッタリとした政弘さんを横目に「悪魔を追い払えば生き返る」そう信じての犯行だったという。

悪魔が次々に乗り移らないように3日3晩ほとんど眠らずにSとM子は政弘さんの死体を切り刻み、頭蓋骨に塩を詰めつづけた。2人はこの「悪魔祓いの儀式」の最中ずっと、政弘さんが作っていた「救世の曲」をカセットで聴きながら、ナイフやハサミでそいだ肉や内蔵を台所の排水溝に流し続けた。アパート脇の側溝には肉片が散乱していたという。そして昭和62年2月26日朝、室内の異変に気付き、警察官が駆けつけ事件が発覚。室内に突入した警官に驚く様子も見せず、2人は「悪魔が…悪魔が…」とつぶやきながら、一心不乱に肉をそぎ続けていたという。

奇妙な事件として、裁判の行方に注目が集まったが、平成4年 「精神鑑定の結果、2人とも善悪を判断する能力があった」としてSに懲役14年、政弘さんの妻 M子に懲役13年の刑を言い渡した。Sは判決を不服として控訴したものの、控訴棄却となり、Sの刑も確定した。
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