
十九世紀末イギリス。
驚異的な工業力で世界の主導的地位を握りながらも貧困層は圧倒的に多く、国中にスラム街が散在し、ホームレスが溢れていた。低賃金の工場で働く女性達は、生活の為にやむなく売春に走ることが多く、ジャック・ザ・リッパーの犠牲となった女性達も、そうした境遇の売春婦ばかりであった。事件の起きた、イギリスのイーストエンド地区は高い失業率から、治安が悪化。人口過密・人種対立など、多くの問題が凝縮された地域であり、酷い有様だったという。

ジャックの最初の犯行は1888年9月1日、メアリー・アン・ニコルズの殺害である。彼女は5人の子持ちながら、アルコール中毒で盗癖のある売春婦であった。午前3時45分頃、付近を通行中の荷馬車の運転手が内蔵の飛び出た死体を発見。死体の傷は凄惨で、喉の刺し傷は脊椎に達し、性器が2カ所損傷していた。付近は人通りがあったにも関わらず、不審者どころか不審な物音すら聞いていないという。その一週間後、アニー・チャップマンが二人目の犠牲者として発見された。彼女も二人の子持ちでアルコール中毒の売春婦であった。無賃のため、簡易宿泊所を追い出された数時間後、仰向けの体に腸が引き出され、体の上に乗った状態で発見され、他の臓器は周囲に散らばっていた。しかし、子宮だけは持ち去られていたという。

同年9月30日、三人目の犠牲者エリザベス・ストライドが殺害された同じ晩、キャサリン・エドウズも四人目の犠牲者となってしまった。彼女も他の犠牲者と同様、内蔵が飛び出し、鼻の先と右の耳が切り取られ、腎臓と子宮が持ち去られるという残忍な殺害方法であった。しかし、このキャサリンが殺害された晩、初めてジャックの目撃情報が寄せられた。目撃者の証言によれば、犯人らしき男性は30歳くらいで身長170〜175cm、中肉、色白、口ひげ。キャサリンとこの男が死亡推定時刻の直前に立ち話をしている所を目撃したという。世にも恐ろしい切り裂きジャック、初の目撃情報だったため、イギリス中で情報が広まり、皆が警戒心を強めたが、ジャックの姿が目撃されたのはこの一回のみであった。

これらの犯行の後に、ジャック・ザ・リッパーを名乗る手紙がイギリスの新聞社に届いた。「親愛なるボスへ」から書き出されるこの手紙は「警察諸君の幸運を祈る」という挑発的な内容であった。しかし、この手紙がジャック本人のものである確証も無く、単なるいたずらという意見も多い。なにしろ一日平均20通も同様の手紙が届いたというから信憑性も薄れるのは仕方が無い。

ジャックの最後の犠牲者となったのはメアリ・ケリーであった。彼女もアルコール中毒の売春婦であり、死因は右頸動脈の切断による失血死とされた。発見時の遺体は大変無惨な状態で、腹部・大腿部の皮膚が全て剥がされており、皮膚はテーブルの上に丁寧にかけてあったという。腹腔から内蔵は取り出され、乳房は頭の下に置かれていた。

彼女の殺害をもって、犯行はピタリと止んだ。そのことから、ジャック自殺説・事故死説・海外逃亡説・王室関与説など、様々な見解が発表された。なお、メアリー・ケリーの交際相手であるバーネットという男が容疑者として浮上、言語障害がある30歳の白人男性で、魚の解体処理を仕事にしていた。証拠不十分で、彼がつかまることはなかったが、彼がジャック・ザ・リッパーであるという説が有力となっており、事件は無理矢理に幕引きされた形となった。
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